21 March 2008

山形政昭(監修)『ヴォーリズ建築の100年』

Vories100以前、何気なく橋爪紳也(監修)『大大阪モダン建築』を見つけた本屋さんで、またもや、ラックの後ろのほうに隠れていたステキな本を発掘してしまいました♪
相性いいのかなぁ? ここの本屋さんと私。(^^)

その本は、山形政昭(監修)『ヴォーリズ建築の100年―恵みの居場所をつくる』(2008年、創元社)

今年は、ウィリアム・メレル・ヴォーリズが建築事務所を開いて100年目にあたるそうで、ヴォーリズに縁のある滋賀県の近代美術館ではウィリアム・メレル・ヴォーリズ展が3月30日(日)まで開催されています。
そのことを少し前に放送されたNHKの番組「新日曜美術館」(だったはず)で知った時、「見たいな、一度は滋賀にも行ってみたいし。あぁ、でも今は時間がないものな。無理だな~」って思っていました。

そこに現れたのが、この本。
縦約30センチはある大型本で図版満載のとても充実したもの。
それもそのはず、この展覧会の公式カタログとして作られたものだったのです。
なんてラッキーなんだろう、私。
東京に居ながらにして入手することができるなんて。(^^)

心斎橋の大丸さんをはじめ代表作の写真も盛り沢山で見応え読み応え抜群! 今はもう取り壊されて存在していない建物の写真も収録されているし、ずっと保管したい大切な一冊になりそうです。(^^)


追記:上記展覧会は、福岡の西南学院大学博物館、軽井沢町歴史民俗資料館、大阪芸術大学博物館、そして2009年になってからですが東京の松下電工汐留ミュージアムにも巡回するそうです。
やったぁ!(^^) 大分先だけど楽しみに待ってよう。

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17 March 2008

神楽坂を散歩

神楽坂。
Wakanaそこは表通りから細い路地を入ると、ビルの谷間にひっそりと、でも威厳を保って能楽堂が門を構えていたり、粋な江戸の面影が残る横町だったり、ひょいと角を曲がると突然パリの下町を思わせる一角が現れたりする、訪ねる度に新しい魅力の発見できる楽しい町。

最近でこそ超高層マンションが建ち、表通りにはコンビニやファミリーレストランの看板も見え隠れするようになって、町の景観も随分と変わってしまったそうだけど、未だに、一筋裏に入れば庶民的な住宅が軒を連ねていて、猫ののんびりお昼寝する姿に出くわすことも。

Theobromaそして、気取りのない日用雑貨や食糧品を売る商店から、江戸時代に「くだり物」と言われた京都の小物や着物を扱うおシャレなお店まで揃っているのも、この町の魅力の一つなのかな?

さらに、甘味処にパン屋さんに高級チョコレート屋さん、フレンチやイタリアンのレストラン、居酒屋さんから敷居のえらく高そうな料亭まであって、とにかくバラエティ豊か。
運が良ければ、お座敷に急ぎ足で向かう芸者さんの姿を見ることもできるのですよ♪(^^)

Yaraiそんな神楽坂の町を、ここ一年半ほど前から散策する機会が増えました。
日頃、なかなか情報誌に目を通したりできない私なので、そのほとんどが、たまたま前を通りがかったり、友人が薦めてくれたところではありますが、備忘録を兼ねて時々ご紹介していこうと思います。

【画像】上から
兵庫横丁にある老舗旅館「和可菜」の黒塀
チョコレート屋さんの「テオブロマ」
「矢来能楽堂」の門構え

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07 January 2008

橋爪紳也(監修)『大大阪モダン建築』

Daioosaka待ちあわせまで少し時間があったので本屋さんの中をブラブラしていて、たまたま見つけた本。

橋爪紳也(監修)『大大阪モダン建築』 (2007年、青幻舎)

まぁ!何だか私のために作られた本みたい♪(^^)

私も昨年訪ねた中之島の中央公会堂やヴォーリズ建築をはじめとする大阪の代表的な近代建築はもちろん、行きたくてリストアップはしたけれど時間切れで足を運べなかったものも、しっかりと掲載されていて嬉しい限り。
ただ、とても残念なことに、中には近々取壊されることの決まっている建物もある。

新刊なのだけど、ちょっとレトロチックな表紙がなかなかステキだし、中に使われている建物の写真も何となく時代がかった仕上がりでイイ感じ。
所在地や設計者など諸々のデータもしっかりしているし、厚みも大きさもコンパクトなのが嬉しい。
ありきたりのガイドブックではなく、こんな本をバッグに忍ばせて旅が出来たら楽しいだろうな。

電車の中でパラパラ眺めていたら、隣に座っていたおじさんが覗き込んできた。もしかして大阪出身なのかしらん?(^^)

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04 December 2007

巨大都市"東京"の夜

Tokyo_night01先日、東京タワーの展望台に昇って来ました。
地上150メートルからの東京の夜景はいかがですか?

東西南北ぐるっと撮影したつもりだったのだけど、手ブレがひどくて、まぁまぁ見られたのが、たった!この2枚だけでした。しかも拡大に耐えられないレベル。(^^;
ちゃんと夜景を撮影するには、やっぱり三脚が必要みたいですね。

Tokyo_night02まず最初の写真は、左側の高層ビルが六本木の「東京ミッドタウン」、右側の大きなビルは六本木の「泉ガーデンタワー」です。
東京ミッドタウン後方の夜空をオレンジ色に染めているビル群は「新宿副都心」です。

Tokyo_night03次の写真、左側の高層ビルは「愛宕グリーンヒルズのMORIタワーとフォレスター」、右側、少し遠方の高層ビル群は「汐留シオサイト」
その間の白く光る空の下あたりが夜の街「銀座」です。

Tokyo_night04ところで、東京の街並みって、夜が一番美しいかもしれないですね。
特に高い場所からの眺めは素晴らしいです。

でも私ったら、それを単に「キレイ!ステキ!」とばかり言っていられず、まるで、どこまでも果てしなく広がっていくかのような景色に繁栄や充足感よりも、むしろ空虚感や寂しさを感じてしまうのですよね。
あ〜ぁ、ほんと損な性格だなぁっ(^^;;;;

Tokyo_night05下の3枚はおまけ。
東京タワーの足元に飾られた小さく見えるけど、実はかなり大きなクリスマスツリーと、芝の増上寺の正門前から撮った東京タワーの全景です。

おのぼりさんモード全開の夜でした♪

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10 October 2007

フランク・ロイド・ライト「旧山邑家住宅」

Yamamura01夙川のすぐお隣りの街 芦屋に、アメリカ人建築家フランク・ロイド・ライト Frank Lloyd Wrightの設計した「旧山邑家住宅」があることを知り、訪ねてみました。

フランク・ロイド・ライトと言えば、今は明治村に移されてしまった「旧帝国ホテル」やピッツバーグの「落水荘(カウフマン邸)」やニューヨークの「グッゲンハイム美術館」などを設計した、この私ですら子供の頃から知ってた(学校の教科書の載っていたのだったっけかな?)とても有名な建築家なのだけど、よ~く考えてみたら建物を実際に見たことはなかったので、今回、とても良い体験ができました。(^^)


Yamamura021924年、「櫻正宗」の銘柄で知られる灘の酒造家、山邑太左衛門の別邸として竣工された建物は、1935年に天木繁二郎の所有となった後、1947年に株式会社淀川製鋼所の所有となったそうです。
そして、社長公邸や独身寮(何と贅沢な!)などとして使われた後、現在は「ヨドコウ迎賓館」として一般公開されています。

1974年には国指定重要文化財に指定され、1981年に調査工事された後、1985年から1988年にかけて2億3千万円もの費用をかけて保存修理がされたそうです。


Yamamura03その旧山邑家住宅は、阪急芦屋川の駅から歩くこと約10分。芦屋川沿いの小高い岡の上にありました。

まず一言、と~ってもステキな美しい建物でした♪

細工がし易いということで選ばれた大谷石の装飾が外装だけでなく内装にも沢山使われているのですが、石材と木材とガラス、さらには畳や襖までもが大変美しく調和し、温もりの感じられる落ち着いた雰囲気の住宅建築でした。

そして隅々まで繊細なデザインと行き届いた丁寧な仕事が施されていて、ライトの才能に対しては勿論ですが施工した職人さんの手業にも感心させられました。

もし将来、私に家を建てるチャンスがやってきたら、こんなデザインの家がいいなぁ~(^^)
絶対、無理だろ~な~(^^;

兎に角、どこから見ても絵になる建物だったので、かなり調子に乗って撮ってしまった写真はこちらです。(^^;

●フォト・アルバム 旧山邑家住宅(芦屋市)

残念ながら、建物の中は撮影禁止だったので、内装はこちらをどうぞ!
もし撮影可能だったら、キリがなくて逆に大変なことになってたかもしれない?(^^;

ヨドコウ迎賓館「体験ツアー」
作り付けの家具が物語るライトのインテリア観

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18 September 2007

神戸街歩き

Thomas旅行初日、大きな荷物をホテルに投げ出して、早速、街歩きへ繰り出しました。
まず三ノ宮駅へ向かい、後は気の向くまま坂道を上ったり下ったり。
初めての街なのに迷子にならなかったのは、北に六甲山、南に神戸港を、いつも感じていられたからかも。(^^)

そして「風見鶏の館」という名で親しまれている旧トーマス邸や旧シャープ邸(萌黄の館)など異人館を訪ね、室内も撮影してみました。

●フォト・アルバム 神戸北野異人館

Sharpそれにしても暑かったです〜
東京を出発する前に、ヴォーリズをはじめとする訪ねたい建物を沢山リストアップしたのに、もうそれどころじゃありませんでした。
あんまり暑くて「うろこの家」ですら行くのを忘れちゃったくらいですから。(^^;

そんな訳で、結局、行き当たりばったりになってしまったのですが、街には歴史的建物ばかりでなく、新しくて面白い建物も溢れていて、もう見きれな〜い。
とても楽しい街歩きができました。(^^)

その中のほんの一部ですが、こちらもフォト・アルバムにしてみました。

●フォト・アルバム 神戸街歩き

今回だいぶ土地勘がついたので、また、ゆっくり散歩したい♪

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01 May 2007

《アテネの学堂》@お茶の水

Tokyo_medical01_2それは、つい先日の仕事帰りのこと。お茶の水の神田川にかかる聖橋を、神田側から湯島方面に向かってテクテク渡っていた私の目の中に、向かい側の建物の壁面を飾る巨大なレリーフが飛び込んできました。

すご〜い! なんだろ?

Tokyo_medical02_1聖橋の真ん中あたりまでくると、何が描かれているのか段々見えてきました。それにしても、随分高いところにあるんだなぁ。

あれ? これって、ヴァティカンにあるラファエロの《アテネの学堂》に、どことなく似てない?

思わずバッグの中からデジカメをゴソゴソとりだしてパチリ!
ズームにして、もう一枚パチリ!


Tokyo_medical02立派なレリーフで飾られた建物は東京医科歯科大学の総合教育研究棟
落成は平成14年の秋。
あら、もう5年近くも経ってたの?
毎日のように通勤電車でお茶の水駅を通っているし、聖橋だって何度も渡っているのに、私ったら、今の今まで、どうして気がつかなかったんだろ?
節穴だなっ。(^^;

それにしても、最近、ピカピカツルツルの建物がとても多くなっただけに、こんなクラシカルで堅実な雰囲気の建物も良いものだなぁ。さすが、お茶の水。日本のカルチェ・ラタンと呼ばれる(呼ばれてないか?)界隈だけのことはあるなと思ったのでありました。

Tokyo_medical01_1

レリーフの図案は、3つの医学にちなんだものが組み合わされていて、

左から、医学の父ヒポクラテスが残した「ヒポクラテスの誓い」
中央が、やっぱりヴァティカン宮殿「署名の間」に描かれているラファエロ《アテネの学堂》
右が、1846年にマサチューセッツ総合病院で行われた最初の外科麻酔の公開実験を描いたロバート・ヒンクリーの作品

なのだそうです。

Raphael_atene【画像】上から
東京医科歯科大学 総合教育研究棟
同じくアップ
レリーフの一部
レリーフの下図
ラファエロ《アテネの学堂》(部分)1509〜10 フレスコ

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02 April 2007

ヘルツォーク&ド・ムーロン 「プラダ ブティック 青山」

Pradaさて、この網タイツみたいな物体は何でしょ?(^^)

先日、と言っても、もう1月も前になるかな? 表参道ヒルズ見物に行った時、周辺の街並みを散策していて見つけた「プラダ ブティック青山」(2003)です。

垂直の柱が無い!
壁がない!
わ〜っ すけすけ!(^^)
どうやって床が支えられているの?

個性的なデザインの建物がひしめく青山界隈の中にあっても、その斬新な外観はすごく目立ってました。

この日は、あまり時間がなかったので、ブティックの中に入れなかったし、風が強く、寒くてゆっくり写真も撮れなかったので、お天気のよい日の昼間にでも、また出かける機会をつくって、のんびり青山建物ウォッチ・ツアーをしてみたいなと思ってます。

ちなみに、この建物は、スイスの建築家ユニットヘルツォーク&ド・ムーロン  herzog and de meuronの作品だそうで、彼らはドイツ・ワールドカップの競技場「アリアンツ・アリーナ」(2005)や北京オリンピックのメインスタジアムも手がけているのだそうです。
どんなオリンピック・スタジアムになるのでしょうね?
北京オリンピックを見る楽しみが一つ増えました。(^^)

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09 December 2006

マルタの古都イムディーナ

Mdinaマルタ島の真ん中から少し南西に下った小高い丘の上に イムディーナ Mdina と呼ばれる古都があります。
(マルタ語では「M」を「イム」と発音するんですよ。)

イムディーナとはアラビア語で「城壁の街」のことだそうで、文字通り城壁に囲まれた周囲わずか1キロ程の小さな小さな街でした。

別名「サイレント・シティ」とも呼ばれているイムディーナ。
その基礎が築かれたのは青銅器時代後期(BC1500〜BC1000年頃)のことで、その後フェニキア人による古代都市として使われ、4世紀頃にはキリスト教の司教座も置かれ、栄えました。
そして9世紀頃、一度はアラブ人によって略奪、破壊され廃墟となりましたが、12世紀にはノルマン人によって再建され、中世の街として形造られてゆきました。
16世紀になると聖ヨハネ騎士団が首都とし、一時は20を越える貴族の館が建ち並び、騎士たちも闊歩したのだそうです。
しかし、その後、首都がヴァレッタへ移転。人々も移住してしまい、イムディーナは、そのまま取り残され静寂の街となってしまったのでした。

そして現在、すっかり観光化されてしまったとはいえ、やはり、にぎやかなのはメインロードだけ。
路地へ一歩踏み込むと、誰一人すれちがう者もなく、生活音も、自動車の音も、風の音もしない、とても不思議な世界がそこにはありました。

しかも、そのマルタストーンで造られた街の美しいことといったらありません。
バロック時代の彫刻で飾りたてられた建物も勿論ですが、特に、中世の時代、石切り職人さんが一つ一つ切り出したというゴツゴツした肌合いの石を積み上げた建物の方に、私は、より魅力を感じてしまいました。

それはマルタ・ストーンの柔らかなハチミツ色のせいなのでしょうか?
石造りの街並みなのに冷たさや近寄り難さはなく、そこには優しさや暖かささえ感じてしまいました。

また、クネクネと曲がった迷路のような道は、外部からの侵入者の視界が効かないよう、また、撃った矢が遠くまで達しないようにと設計されたものだそうです。
なるほどね~

実は、こう見えて私、割と方向感覚に強く(動物的勘が働くと言われてる)大抵ちょっと詳しい地図さえあれば初めての街でも平気で一人歩き出来てしまうのですが、イムディーナでは写真撮影に夢中になっているうちに全く方向が解らなくなってしまい、道を尋ねようにも通りがかる人はいないしで、かなり焦ったのでした。
でも、ね、ま、そういう狙いで造った街なのだから、それも当然と言えば当然なのでした。(^^; あは!言い訳〜

という訳で、もう一つイムディーナの街並みのフォト・アルバムも作ってみました。
ヴァレッタの街もお気に入りだけれど、イムディーナのほうが、もっと好きかなぁ~!(^^)

アルバムのトップページ左上に、この記事と同じメインゲートの写真がありますので、どうぞ、その門から古都イムディーナへお入りくださいませ。(^^)

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03 December 2006

フォト・アルバム「ヴァレッタの街並み」

マルタ旅行の写真を「フォト・アルバム」にしてみました。

でも、これ、ほ〜んの一部なんです。
記事も写真も、相変わらずヴァレッタの辺りをウロウロ・・・
マルタには他にも沢山いいところあるのに・・・
間に合わな〜い(^^;

ひとまずヴァレッタの街並みだけでも見ていただければ
嬉しいです。(^^)

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29 November 2006

銀座のガス灯はどこへ・・・

Ginza01先日、銀座をぶらぶら散歩していて、そういえば、銀座中央通りの街路灯が40年ぶりにデザインも一新、生まれ変わるというテレビ・ニュースを、ふと思い出しました。

Ginza02



ガス灯が、明治7年(1874年)初めて中央通りに置かれてから現在で4代目になるそうで、その間、ガス灯から電灯(アーク灯)、水銀灯、メタルハライドランプと変わってきましたが、デザインは、今もガス灯の雰囲気を残すクラシカルなものです。

上2枚の写真が、中央通りに向かい合うアップル・コンピュータと銀座松屋前の現在の街路灯です。
あれれ?
他はちゃんと点灯してるのに、何故ここだけ消えてるの~?
すぐ真横で光ってる大きなリンゴに遠慮しちゃったのかしらん?
ま、いいか(^^;

Ginza03そして、こちらが新しく採用される街路灯「FOUR S FOR S」です。

国際コンペ《TOKYO LIGHTS》銀座・京橋・日本橋/中央通り照明デザイン国際競技で、3ヶ月に及ぶ審査によって決まり、この11月20日に発表されました。


作者は、前橋工科大学の松井淳助教授と教え子の桜沢拓也さん。

いかがですか? 新しい街路灯。
とってもシンプルで、すっきりしてますね。
再生アルミや発光ダイオードを使った「省エネルギー」設計で、周囲の景観にあわせた外装仕上げもできるのだそうです。
支柱まで光るのだそうですよ。

最近、銀座に急激に増えている、つるつるピカピカ半透明の建築物にも調和しそうですね。
ん~?
調和というより同化かな?

私としては・・・
周りがツルピカになればなるほど、例えばパリのメトロのアール・ヌーヴォーの入り口のように、古き良き時代のデザインを部分的に残すのも、街並みにスパイスが効いて楽しいのではないかな~と思ってみたり・・・
でも、カッコイイ~未来的なデザインも嫌いではないのよね~と思い直してみたり・・・
ちょっと複雑。(^^;
いっそのこと、オラファー・エリアソンの街路灯だったら良かったのに〜

何はともあれ、街路灯は、来年夏ごろから取替え工事が始まるのだそうです。新しい街路灯に変わった銀座中央通りを歩く日も、そう遠くはなさそうです。

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27 November 2006

オラファー・エリアソン × ルイ・ヴィトン

Eye01今年、ルイ・ヴィトン Louis Vuitton のクリスマスのためのショーウィンドウ・ディスプレイがオラファー・エリアソン Olafur Eliasson だと、あちこちのブログで知り、私も知人の個展を観に銀座に出たついでに街角ウォッチングして来ました♪

Eye02
オラファー・エリアソンの作品を見るのは、昨年12月の原美術館での個展「影の光」、今年7月のギャラリー小柳(銀座)での個展以来、3回目。
こんな風に、街中で観られるなんて、うれしいですね♪

Eye03
タイトルは "Eye See You"

何やら、世界中のルイ・ヴィトンのショーウィンドウに、この目玉が飾られるそうです。

Eye04


写真の上2枚は、昼間明るい時に撮影した銀座松屋店のもの。
ウィンドウ・ガラスや作品に道行く人々が映り込んで、なかなか面白いです。

Eye05
3枚目は、同じく銀座松屋店ですが、日が暮れてから撮影。
ヴィトン「ダミエ」の模様を思わせる白い半透明の壁もステキ♪

Eye06

下の3枚は、今や高級ブランド街として名高い銀座並木通りにある直営店で撮影しました。
この並木通り店の建物は、夜になると、壁全体に内側からの光が浮かび上がって、とってもキレイ♪

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11 January 2006

お江戸日本橋

nihonbashi1月6日付けの毎日新聞によると、なんと、小泉首相が「日本橋やろうよ。おれの任期中にまとめてくれ」と、日本橋の上に架かる首都高速道路を別のところに移す計画を進めるよう言ったのだそうです。

高速道路の撤去なんて、夢のまた夢、絶対無理だろうなと思っていたのに、もしかしてもしかしたら現実のものになるかもしれないのですね。

確かに私も、日本橋の上に覆いかぶさった頭のつっかえそうな高速道路を見るたびに「すさまじきもの」と、つぶやいている一人だし、高速道路建設当時は最善策だったのかもしれないけど、計画した人のセンスのなさには、ため息です。
ついでに言ってしまえば、最近、相次いで建った周辺のピカピカ高層ビルも、私は大嫌いです。

どうして、ここまでチグハグで、美しいという言葉に程遠い街並みが増殖してしまうのでしょうか?
私がイメージしている都市再生は、やっぱりイタリアのチェントロ・ストリコなのだけどなぁ・・・

祖母、母、私と東京下町生まれで、チャキチャキではないけど一応は江戸っ娘の私は、日本橋界隈に、かつての人と人との繋がりや活気が蘇えり、運搬や新たな人々の足として水辺を活用できるような再生プランだったら、ステキだなぁと思うわけです。

しかし、進められている日本橋再生プランの裏側というか真意をみると、前面にだしている景観や文化などという言葉は単なる隠れ蓑にすぎず、実態は、相変わらずの経済優先主義で、結局、高度経済成長時代やバブル期と考え方がちっとも変わってないことを知ってしまったのでした。あ~あ。

歴史研究者 小林信也さんのブログ江戸をよむ東京をあるくや、都市計画家 民岡順朗さんのブログパトスに、とても興味深い記事が沢山ありますので、興味のある方は、是非ご覧になってください。

それにしたって、小泉さんの記念碑!? そんな思い入れだったら、絶対反対です。

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29 December 2005

イタリア街@汐留シオサイト

italia01イタリアの街並みが東京・汐留に突如出現したという噂を聞き、先日、原美術館に出かけたついでに寄り道してみました。
JR新橋の駅を降り、工事中の道を迷いながら行きつ戻りつし辿り着いたのが東京汐留シオサイト5区(西街区)

わ〜あった! ピアッツァだ! すご〜い! 広場も車道も歩道も、全部石畳が敷き詰めてある。
広場に面した建物は柔らかなパステル・カラーのビルばかり。しかも、その名前が「パラッツォ・シエナ」「カーザ・ベルソーレ」「ラ・ピアッツォーラ」と、いかにもイタリア風ではありませんか。
間違いない! ここがイタリア街なんだ。

ビルの一階は、既に何軒かのイタリアン・レストランやハンドメイドの鞄屋さん、シャツの仕立屋さんなどが開業し、上階の部屋にもあかりが灯っていましたが、実はこの地区のグランドオープンは2007年なのだそうです。
私が写真を撮ってる間も工事用の大型トラックがピアッツァを何台も行き来していました。

italia02それにしても、なんで汐留にイタリアの街並み(モデルは北イタリアのレッジオ・エミーリアの街だそう)なんだろう?という素朴が疑問が、ふつふつと沸いてきたのでした。
テーマパークやショッピングセンターじゃあるまいし・・・
と思っていたら、この地区は建物や街並みだけをイタリア風にしているのではなく、そこに住む人々の自治体NPO法人コムーネ汐留を中心に、再開発が進められているのだそうです。
街並みだけでなく、今後、そこに集う人々や、住民の生活がどんな風になってゆくのか、ちょっと楽しみですね。

italia03ところで、広場に面した建物の中に、一際めだつ立派なルネサンス風のビルがありました。
外があんまり寒いので、何か温かいものでも飲もうかと入ってみてビックリ仰天!
ウィンズ汐留という、そのビル、JRAの場外馬券売場だったのでした。
駅からここへ向かっている時から、どうも近寄り難いおじさん達が、妙に多いなぁこの辺りって思ったんです。
有馬記念の前日だったし・・・(^^;

結局、温かい飲み物にもありつけず凍えそうになりながら家路についたのでした。

寒さに震えながら家につき、速攻でラム肉をグリルし、アツアツのラザニアを焼いて、スプマンテで乾杯して、やっと温まりました。
それにしても、クリスマス・イヴにラム肉って、やっぱり拙かったような気がするんだけど・・・ もう食べちゃった。(^^;

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15 December 2005

芦原義信『街並みの美学』

ashihara芦原義信さんの『街並みの美学』を読みました。
最初、「美学」っていうので、ちょっと構えてしまったのだけれど、通勤電車の中でも大丈夫な、読み易く、解りやすい本でした。

画家佐伯祐三がパリから帰国し、下落合で制作を始めたものの、次第に日本の街並みに満足できなくなり再びパリに渡ったのは有名な話ですが、この本の著者も日本の街並みはなかなか絵にならないと言っています。
その理由として、日本は街並みを規定する建物のしっかりした外壁のような第一次輪郭線以外に、壁面から突出した看板や電柱など第二次輪郭線が多いからだと。

なるほど、確かに第二次輪郭線の存在は、日本の街並みが絵にならない理由の一つかもしれないですね。
他にも、色彩や材質、一つ一つの意匠、そしてそれが集まった時のバランスなど、たくさんの問題があるのでしょうが・・・

それから、著者が20年にわたって訪れた海外の街の紹介も興味深かったです。
陣内さんの著書にも度々登場する南イタリアのチステルニーノは、よほどインパクトある街なのですね。いつか訪ねてみたいな。
また、最近気になりだしたイスラム文化圏の街イランのイスファハーンも出てきました。
この街は泥の日乾しレンガで造られた街だそうで、街というのは、そこに住む人々が長い年月をかけ、その土地の気候風土に合わせて出来あがってゆくものなのだということが良く解る二つの例でした。

その一方で、ル・コルビュジエが手がけたインド・チャンディガールの都市計画。
良し悪しは別として、凄いことやっちゃったんだなぁと思いました。

ところで、私が手にしたのは2001年の文庫版ですが、元々は1979年に出版された本です。ということは、書かれてから既に四半世紀以上が経過している訳です。
少なくとも著者は1970年代終りに、日本の商業主義一辺倒の街づくりに危惧し、もっと人間的な街をつくる必要があると警鐘を鳴らしていたのですね。

私も、落ちつきのある、人々が優しい気持ちになれる街になっていってほしいと思います。

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08 December 2005

世田谷美術館「宮殿とモスクの至宝展」&用賀プロムナード

mosque0112月4日、世田谷美術館で開催されていた「宮殿とモスクの至宝展」へ行ってきました。

ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館選りすぐりのイスラム美術コレクションが日本で初めて公開されたこともあってか、展覧会最終日もあってか、会場内は大勢の鑑賞者で大変なにぎわいでした。

展示品は、8世紀から19世紀までの陶磁器、織物、絨毯、金工、象牙細工、ガラス器、絵画作品と、とても幅広く、地域もエジプト、トルコ、イランなどなど広範囲で、イスラム文化がいかに長く広く繁栄していたかが解るものでした。

イスラムでは偶像崇拝を否定しているので、繊細な植物や文字をあしらった独自の模様が発達し、宗教的空間や器物を飾るようになったのだそうです。
特にアラビア文字の写本がとても美しく、ウィリアム・モリスらの美しい本の原型を見るようでした。

mosque02ヴェネツィアン・グラスの起源もイスラムのガラスにあるそうで、14世紀頃につくられたエナメル彩色のモスクランプは、繊細な金の模様と半透明なガラスのハーモニーがとても美しかったです。

兎に角、聖なるモスクから華麗な宮殿にいたる多種多様な品々に圧倒されました。
それだけに、ちょっと散漫な感じもしなくはありませんでしたが、もっとじっくり堪能したい方は、是非、ロンドンのV&Aへお越しくださいませと言ったところでしょうか。

ところで、用賀駅から美術館へはΠΑΘΟΣ パトスの民岡さんの著書『「絵になる」まちをつくる イタリアに学ぶ都市再生』でも紹介されている「用賀プロムナード」をのんびり歩いてゆきました。

プロムナードに敷き詰められた様々なデザインの淡路瓦はシックなチャコールグレーで、途中から降り出した雨に濡れ深い味わいある色になっていました。

敷瓦には、ところどころ万葉の和歌が刻み込まれ、せせらぎには小さな橋が架かり、突如、大きな鬼瓦が現れたりと、ふと足をとめたくなってしまうステキな演出がされていました。
他にも、道沿いに倉庫を改造した骨董屋兼ティールームがあったり、美しく色づいた楓のトンネルが続いたりと、とても楽しく、砧公園や美術館へ向かう人々にとって、この道はステキな序曲になると共に、そこに住まう人々にとっても、心休まる空間なのではないかなと羨ましく思いました。

帰りは、同じ「用賀プロムナード」を、逆に辿って行くことになったのですが、そこで否が応でも目に入ってきたのが用賀駅に隣接している世田谷ビジネススクエアの一部を成す29階高層ビルのそびえ立つ姿と、そこに貼りついた某アメリカ系IT関連企業のロゴマークでした。

ピカピカの高層ビルとシックな用賀プロムナード、緑豊かな公園に美術館。
「メリハリがあって、それはそれで面白いじゃないの」と言うこともできるのかもしれませんが、う~む、あの威圧的な高層ビルだけが浮いていて、私は、やっぱり好きになれないなぁ。

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08 November 2005

民岡順朗『「絵になる」まちをつくる イタリアに学ぶ都市再生』

tamioka都市計画の専門家であり、一級建築士さんでもあり、5年間イタリアに滞在し修復を学ばれ実務にも携われたことのある民岡順朗さんの著書『「絵になる」まちをつくる イタリアに学ぶ都市再生』を読んでみました。

しばらく前から、民岡さんのブログ「パトス ΠΑΘΟΣ」や修復関連サイトにお邪魔させていただいていた私は、この本の発売を、ずっと心待ちにしていました。
そして、本が到着するやワクワクしながら読み始めたのでした。

が、いきなり序章で、ガ~ンと一発ショッキングな事実を突きつけられてしまったのです。

100年後の日本は、このままでゆけば人口が今の半分になってしまうのだそうです。

確かに、今も巨大な高層ビルがニョキニョキ建つ都市開発や、郊外のニュータウン計画は相変わらず続いてるけれど、100年後、それらはどうなっているんだろう?
老朽化もするだろうし、人口半分になるんだから空洞化してスラム街になってしまうかも。
どうする?!

そこでヒントとして登場するのが、現在のイタリアの姿なのです。
そうです、チェントロ・ストリコ(歴史的都心)です。

日本とイタリアを比べる詳しいデータも満載で、ひとつひとつ納得させられながら、あれよあれよと読み進んでいったのでした。
イタリア、日本それぞれの文化、歴史的背景、価値観の相違を、哲学的に分析している章や、イタリアの修復理論についての紹介も読み応えがあり、私にとって、とても役立つ情報もいっぱいでした。

そしてそして、最終章(第5章)、著者は100年後の日本の街を、東京を、どう変貌させるのか!?

私は、その斬新なアイディアに、にんまりしながら読み終えたのでした。
それは何かって?

ヒ・ミ・ツ。

答えは、本を読んでくださいね。(笑)

「いいなぁ、イタリアはどこを見ても絵になるものねぇ。それに引き換え日本には"絵になる風景"がないもん。」と嘆き外にばかり目が行ってしまいがちな私ですが、自分の問題として日本の将来を考える機会を与えてくれた本になりました。

もちろん、イタリアのレスタウロには、ますます感服!

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19 October 2005

対談「歴史的都心を豊かに育むイタリア」

atsuko_sugaイタリア文学者でエッセイストの須賀敦子さんの著書は、言葉一つ一つに優しいリズム感と品のよさが漂っていて、大好きなのだけど、ご自身の生き方も、ピンと一本筋がとおっていて、私の憧れの人です。

なんと、その須賀さんと、あの陣内さんの対談記事を発見してしまいました。

「歴史的都心(チェントロ・ストリコ)を豊かに育むイタリア」

初出は、日本ホームズというハウスメーカーが出しているらしい1993年4月15日の「Mr.&Mrs」という宣伝情報誌のようですが、『須賀敦子全集 別巻』 2001年、河出書房新社にも入っているので、今でも読むことができます。

ここでもイタリアの小さな地方都市が持っている底知れない魅力や、古いものを残し新しいものと融合させてゆくために辛抱強く取り組んでゆくイタリア人の価値観などが、お二人によって語られています。

規制が甘いゆえ大企業的なスクラップ&ビルドな建設産業化してしまった日本の建築と、形式の規制をなくし、韻もふまず、シブラルも定型も捨ててしまった結果、貧しくなってしまった日本の詩が並べて語られているのも、文学者と建築史家の対談らしいなぁと、妙に感心してしまいました。

ちなみに、イタリアは建築物に対しての規制が厳しいために、色々な次元から考えた結果、総合的空間デザインとなり、手作り的な温かみもあって、人々も生活しやすいものとなっていくのだそうです。

それにしても、須賀さんと陣内さんが、こんなところで繋がっていたなんて、ちょっと嬉しい!

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02 October 2005

陣内秀信『東京』

tokyoすっかりイタリア都市史・建築史の研究者、陣内秀信さんのファンになってしまった私は、著書をあれこれ乱読しているうちに、陣内さんにはイタリアだけでなく東京に関しての著書も沢山あることを知り、読んでみた中の一冊。

東京は、自分が生まれ育った街なのに、あまり好きではないし興味も無かったのだけれど、隠れた魅力を秘めた面白い街だったのだなぁと、これまでとは異なる角度で、普段、何気なく歩いていた東京の街を見られるようになりそうです。

陣内さん得意のフィールドワークで見えてくる現在の東京の姿と歴史的な背景を織りまぜつづられた軽快な文章は、観光案内書のようでもあり郷土史的資料のようでもありエッセイのようでもある、不思議な楽しさです。

本の表紙は水彩画家・安野光雅さんの「東京駅」。
絵の中に描かれているドーム型の屋根は空襲で焼けてしまったので、今、私たちが見ている屋根とは形が違いますね。

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25 August 2005

陣内秀信『イタリア 都市と建築を読む』

jinnai

それは遠い国への単なる憧れなのか?
実のところ自分でもよく解らないのだけれど、やっぱりイタリアが好き!
周りにイタリア通の友人が多かったり、普段から親しんでいる音楽や美術からの影響も大きいのかもしれない。
私が実際、自分の足でイタリアの地を踏んだのは、延べにしたって、たった3週間ほど。
その程度で何が解るか!と言われてしまいそうだけれど、やっぱり好きなんだから仕方がない。

こんな私のイタリア熱に、最近また火をつけたのが、先日のテレビ番組「イタリア縦断1200キロ」。

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26 July 2005

イタリアのレスタウロ(修復再生)

先週7月17日から毎日つづけて8日間、NHKのハイヴィジョン生中継番組として「世界遺産 イタリア縦断1200キロ」が放送されました。

http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/bshilive/index.html

南イタリアの港町アマルフィに始まり、ローマ、シエナなどを経て、北イタリアのオルタまで、大都市や小さな街を訪ねる旅は、あまりにもステキで、毎夜、私をテレビにくぎ付けにしたのでした。

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