豊郷小学校旧校舎の「ウサギとカメ」
2002年冬、寒々とした校庭を舞台に、町長と、その町長の指示により強行に解体されかかった校舎を守ろうと人間バリケードをつくり、立てこもった住民との間で繰り広げられた騒動は、テレビ等メディアを通じて広く報道されたので覚えてらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
その当時、私は「あらあら大変!困った町長さんだわね。それにしても住民の熱意はスゴイなぁ、そこまでして残したい校舎なのかぁ。」程度の呑気な反応しか出来ず、背後に映っている薄汚れた校舎から感じるものも特にありませんでした。そして、報道が下火になると同時に、すっかり騒動のことも忘れてしまったのでした。勿論、その旧校舎がヴォーリズさんの手がけた名建築の一つだとは知る由もないまま。
結局、この「校舎改築問題」は、私の知らぬまに町長が方針を転換し新校舎を建設しながら旧校舎を保存することで決着。今回こうして私が豊郷小学校旧校舎を訪ねることが出来たのも、長年、保存運動を続けてくださった住民の皆さんの熱意と尽力のおかげだったのです。
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1937年(昭和12年)、卒業生の古川鉄治郎さん(1878〜1940)からの全額寄付により、ヴォーリズさんの設計で豊郷小学校旧校舎(当時は豊郷尋常高等小学校)は建てられました。
教室や廊下には温水暖房が設備され、理科室にはコックス配電装置とガス装置、職員室には各建物に通じる電話交換室、そして水洗式のトイレと最新の設備を整えた鉄筋コンクリート造りの校舎は、当時「東洋一の小学校」と言われたのだそうです。
また、廊下に柱が出っ張って通行の邪魔にならないようにと柱の面まで壁にし外壁との間に空間をつくって耐寒耐暑構造にしたり、図書館を別棟にし書庫の安全を図るなど、細やかな配慮の行き届いた校舎でした。
更に、ヴォーリズさんの設計の素晴らしいところは、そういった機能面ばかりでなく、子供達へ向けられた、さり気ない優しさが、あちこちに感じられることです。
階段に長いツルツルの手摺りがあれば滑り降りたくなるのが子供というもの。そこで、ヴォーリズさんは子供たちの安全を守るために手摺りの所どころにイソップの寓話を元にした「ウサギとカメ」の彫刻を設置しました。
すやすや昼寝をするウサギ、その隙にひたすら手摺りを登るカメ、なんて可愛いのでしょう♪
しかし、この豊郷小学校旧校舎のシンボルとも言うべき、この「ウサギとカメ」、一時、校舎から姿を消していたことがありました。
太平洋戦争勃発による物資不足のため「ウサギとカメ」はもちろん、古川鉄治郎さんの胸像、ボイラー設備や暖房設備などが供出で徴収されてしまったのです。
そんな「ウサギとカメ」が蘇ったのは昭和39年、豊郷小学校の近くに東海道新幹線がひかれた後でした。
ある日のこと、校舎建設中に現場監督を務めていた竹中工務店の神谷新一さんが開通したばかりの新幹線の車中で、ふと豊郷小学校のことを思い出しました。そして27年ぶりに小学校を訪れたところ、階段の手摺りに光っているはずの「ウサギとカメ」がなくなっていたのです。
そこで神谷さんは、古い資料の中から設計図と型を探し出し、何と自費で復元してくださったのだそうです。
2004年には隣接した敷地に立派な新校舎も完成し、小学校校舎としての役割を終えた建物は、現在、町立図書館などの入いる複合施設として再び活用されています。
豊郷町は決して交通の便が良いとは言えない所です。
けれど、未来を担う子供達や町を大切に思う多くの人々から愛され守られてきた美しい建物を拝見することができ、はるばる訪ねて本当に良かったと思いました。
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豊郷町立豊郷小学校旧校舎
(旧豊郷尋常高等小学校)
1937年(昭和12年)
設計:ウィリアム・メレル・ヴォーリズ
滋賀県犬上郡豊郷町石畑518