目白バ・ロック音楽祭2008

18 June 2008

目白聖公会のステンドグラス

Mejiro_seikoukai02太陽の光で浮かび上がるステンドグラスを拝見したかったのと、お祈りしたいことがあったので、目白聖公会を再び訪ねてみました。

前回訪ねた時には目白バ・ロック音楽祭のコンサートに集まったお客さんが大勢いらして近づけなかった窓に、この時は、すぐ傍まで接近してみたり、全体を眺めてみたりと、聖堂を独り占めして堪能させていただくことができました。
神父さんが「次回は、ぜひ昼間ご覧になってください。」と強く薦めてくださっただけのことはある、それはそれは美しいステンドグラスでした。

流れるような曲線で描かれた人物。背景の装飾的な植物文様。
あ! ウィリアム・モリス(1834-1896)に似てる!って直感的に思いました。

Mejiro_seikoukaiそれもそのはず、目白聖公会のステンドグラスは、イギリスからやってきた19世紀末に造られたもの。
もともとは英国のトゥルロー教区にあるエピファニー修道院にあった1889年製のステンドグラスで、改築の際に外され、縁あって目白聖公会に寄贈されたのだそうです。

恐らく、当時はモリス商会の製品に良く似たものが、他の工房でも盛んに造られたのですね。
ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動の流れをくむステンドグラスを、思いがけず、ここ日本で!しかも目白という身近な場所で発見してしまった、とても嬉しい瞬間でした。(^^)

写真の腕前は相変わらずですが(特に光りものは難しいな(^^;;;)全ステンドグラスを写真に収めました。
どうぞ、ご覧ください。

●フォト・アルバム 目白聖公会(新宿区)

【関連エントリー】
【目白バ・ロック音楽祭2008】J.S.バッハ《無伴奏チェロ組曲 第4、5、6番》

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13 June 2008

中村彝のアトリエ

Nakamura_tsune02先日、聖母病院チャペルへ向かう途中、下落合に残されている洋画家 中村彝(つね)のアトリエ(1916年)に立ち寄ってみました。

中村彝(1887~1924)は、重要文化財の《エロシェンコ氏の像》(1920年、東京国立近代美術館所蔵)で知られている大正期を代表する洋画家。
大正5年(1916年)に建てられたアトリエは関東大震災や戦災を奇跡的に潜りぬけたばかりでなく、アトリエ建築の先駆けともいうべき貴重な建築物であることが解っているそうです。

が、しかし、そんなアトリエも、これまでに過去何度か保存に向けての働きかけがあったものの実らず、かなり老朽化が進んでしまい、2007年3月、新たに中村彝(つね)アトリエ保存会が設立されたのだそうです。アトリエ保存を求める署名募集中!

Nakamura_tsune私も、目白バ・ロック音楽祭でもらった目白周辺の地図をたよりに、おおよその見当をつけて訪ねてみたのですが「確か、この辺りにあるはずなんだけどなぁ・・・ もしかしてここかしらぁ?」なんて思いながらも前を通り過ぎてしまったらしく、もう一度、振り出しに戻ってウロウロ探すこと十数分。(^^; 朽ちかけた塀と、長いこと手を入れていないのではと思われるジャングルのような庭木に囲まれた「中村彝(つね)のアトリエ」を発見したのでした。

Nakamura_tsune03個人所有の建物なので、覗き込んで中の写真を撮るのは、かなり気がひけたのですが、一箇所だけ樹の隙間があったので高い塀の上にソッと腕を伸ばし一枚だけ失礼させていただきました。(^^; ごめんなさい。
というかぁ・・・ 高い塀に囲まれていて、ピョンピョン飛び跳ねても、なかなか中の様子が解らないので写真に撮ってみるしか方法がなかったのです。(^^; あ~ 閑静な住宅街で、一体、私ったら何をしているのだか!? まるで不審者!(^^;;;

もう一枚は、脇の公道から建物を見上げたもの。樹の枝が伸びて建物の屋根を覆っているし、雨樋には土が堆積しているのでしょうか?雑草が生い茂っています。
早く手を打たないと建物が、どんどん痛んでしまいそうです。

出来ることなら、日本の洋画史に欠くことのできない重要な画家のアトリエを修復保存し、後世に伝えていけたら良いなと、私も強く強く願っています。

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11 June 2008

【目白バ・ロック音楽祭2008】《トリスタンとイズーの悲恋物語》

Seibo012008年6月7日(土)
聖母病院チャペル

歌/中世ゴシック・ハープ/オルガネット:西山まりえ
リコーダー/コルネット/ショーム:濱田芳通
フィーデル:石川かおり
プサルテリー/オルガネット:矢野薫

散文トリスタン(ウィーン写本)
《歌と竪琴によるトリスタンとイズーの悲恋物語》
●トリスタン「死の歌」(作者不詳『散文トリスタン』叙情詩1)
●イズー「太陽は明るく美しく輝き」(作者不詳『散文トリスタン』叙情詩2)
●カエルダン「『愛』、誰よりもお前に」(作者不詳『散文トリスタン』叙情詩3)
ほか

Seibo07   ◇  ◇  ◇

目白バ・ロック音楽祭2008二つ目のコンサートは、西山まりえプロデュースによる《トリスタンとイズーの悲恋物語》。

13世紀フランスの長大な《散文トリスタン》からの叙情詩を組み合わせ、ヴァーグナーの《トリスタンとイゾルデ》でお馴染みの物語が、古楽器と歌によって甦りました。
今まで絵画の中でしか見たことのかった楽器の音色や、中世吟遊詩人の歌を、私も初めて聴くことができました。

Seibo02フランス語なのに、どこか中近東を思わせる、こぶしを効かせたような発声や歌いまわし、見た目からは想像できない様々な音の出てくる管楽器、ちょっと乾いた感じの音のする弦楽器と、どれもとてもエキゾティックで、アラブや中央アジアの影響を強く感じるものでした。

  ◇  ◇  ◇

会場となった聖母病院の古い建物も、とても興味深いものでした。

Seibo03中央に立つ二つの塔がとても印象的な本館は、昭和4年(1929年)にスイス人マックス・フィンデルの設計によって建てられたシックな建物。地域のシンボルにもなっていて、平成15年(2003年)に東京都選定歴史的建造物の指定を受けたそうです。

Seibo04そう言えば、病院のすぐ裏手にアトリエを構えていた画家 佐伯祐三の夫人で同じく画家 佐伯米子の作品の中にも、この建物の塔が描かれていたのを、以前「女流画家協会展」で観たことを思い出したのでした。

一方、コンサートが開かれたチャペルは、もう少し新しく、昭和38年(1963年)に病院が増築された時に造られたものだそうで、シンプルだけれど機能的で清潔な印象の建物でした。

Seibo05中は、とても天井が高く、ちょうどシューボックス型のコンサートホールといった感じでした。
その高さを強調するかのような幾何学模様のステンドグラスは暖かな色でまとめられていて、心が和みました。
ただ残念なことに、このチャペル、今年7月に建替えの為、取り壊されてしまうのだとか。

この夜は、そんなチャペルで開かれる最後のコンサートでした。そして、私にとっては聖母病院チャペルでの最初で最後の一時となってしまいました。

Seibo06【楽器】上から

オルガネット
プサルテリー
フィーデル
管楽器と太鼓
中世ゴシック・ハープ


  ◇  ◇  ◇

聖母病院
東京都新宿区中落合2-5-1

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09 June 2008

フランク・ロイド・ライト「自由学園明日館」

Jiyugakuen01昨年9月、芦屋のフランク・ロイド・ライト「旧山邑家住宅」を訪ねて以来、ぜひ一度は足を運んでみたいと思っていた「自由学園明日館(みょうにちかん)」。
近すぎると逆に「何時でも行けるし・・・ そのうち、そのうち。」なんて思ってしまい、なかなか行けないものなんですよね(^^;
そこで、先日、目白バ・ロック音楽祭へ出かけた折、街の散策途中に立ち寄ってみました。

JR目白駅から池袋方面の線路沿いにつづく「フランク・ロイド・ライトの小路」を進み、住宅街を通り抜け、婦人之友社の角を曲がると、突然、視界が開け、明るい大きな空が現れます。

わぁ〜まるで別世界♪

Jiyugakuen02青々と広がる芝生の庭を、コの字型に囲うように、そこにはフランク・ロイド・ライト設計の「自由学園明日館」がありました。

なんてステキなんだろ〜♪
ぎゅうぎゅうに込みあった東京の街の中に、こんな美しい空間と建物が残っていたなんて!
感激〜♪
まるでガラクタばかりのオモチャ箱の中から、大切にしていた小さな宝物を見つけ出した気分でした。

Jiyugakuen03はっきり言って、惚れました♪
フランク・ロイド・ライトの建築、やっぱりイイです、大好きです。(^^)

大正10年(1921年)に建てられた当初は女学校として使われていたそうで、もし私が、その時代に生まれていたら、絶対この学校に通いた〜いと両親に頼みこんでいたかも。(^^;

外観のみですが、フォト・アルバムを作ってみました。

●フォト・アルバム 自由学園明日館(豊島区)

残念ながら、この日は建物内の見学はできなかったのですが、旧山邑家住宅を訪ねた時同様、室内も撮影していたら、これまた大変なことになってたような気がするので充分に満足できました。(^^)
次回、また、ゆっくりと建物内の見学が出来る日に出かけてゆこうと思います。


   ◇  ◇  ◇

自由学園明日館
東京都豊島区西池袋2-31-3

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06 June 2008

【目白バ・ロック音楽祭2008】J.S.バッハ《無伴奏チェロ組曲 第4、5、6番》

Mejiro_barock2008年6月4日(水)
目白聖公会

ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ:ディミトリー・バディアロフ

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲 第4、5、6番

    ◇  ◇  ◇

Seikoukai01先日、目白周辺に点在する"歴史的建築物"を会場に開かれている目白バ・ロック音楽祭2008へ行って来ました。
"音楽"と"街"の両方を同時に楽しめる音楽祭は今年で開催4年目。
この日、私の選んだ演奏会が開かれたのは、JR目白駅から程近い「目白聖公会」でした。

昭和4年(1929年)に建てられたというロマネスク様式の聖堂は、賑やかな目白通りに面してはいるものの道から少し引っ込みポッカリ異空間を作りだしている敷地の中に、可愛らしくも堂々と佇ずんでいました。

Seikoukai02聖堂内は、漆喰の白壁とダークブラウンの木材が程よく調和し連続したアーチがとても美しく印象的。
入り口で靴を脱いであがるところが何だか日本的って思ったりもしましたが、ピカピカに磨き上げられた床を靴下でペタペタ歩くのは、なかなか気持ちよかったです。

アーチ型の窓にはめ込まれたステンドグラスは、英国のトゥルロー教区にあるエピファニー修道院から寄贈された百年余り前に造られたものだそうです。

Seikoukai03そして、それらステンドグラスの間、間には板絵の《十字架の道行》がかけられていました。

演奏会終了後、外からステンドグラスの写真を撮っていたら「是非、次回は昼間お越しください。聖堂の中から太陽の光で見ると、もっと美しいですよ。」と声をかけてくださった神父さん?or牧師さん?(聖公会はカソリックとプロテスタントの中間なので、どちらで呼んでも良いそうです。)に伺ったら、《十字架の道行》も建築当時からのものだそうで、他の聖公会のものを造る時のお手本となっているのだそうです。

Seikoukai04その板絵の保存状態が良いのにも驚きましたが、聖堂全体も大変よく手入れがされていて、ずっと大切に守り使われて来たことが良く解りました。

後日、明るい時間帯に再訪し、改めてステンド・グラスを拝見させて頂きました。
その時の写真をフォト・アルバムにまとめました。(14Jun2008追記)

●フォト・アルバム 目白聖公会(新宿区)


    ◇  ◇  ◇


Seikoukai05さて、そんな素晴らしい会場で演奏されたのは、J.S.バッハの《無伴奏チェロ組曲》。
使われた楽器は従来のチェロではなく、ヴァイオリンやヴィオラのように肩にかけて弾く"ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ"という珍しいものでした。
最近の研究でバッハの時代に使われていた可能のあることが解ってきたスパッラは、その演奏の様子がイタリアやフランスの絵画の中に描かれていたり民族楽器として僅かに伝わっていただけで、クラシック音楽の世界では長いこと忘れられていたそうです。

Seikoukai06大きさはヴィオラを一回り大型にした位なのですが、音はヴィオラに比べて、ずっと低いので不思議だなぁ?と思ったら、その秘密は楽器の厚みにあるようでした。


Violadaspalla演奏は、ロシア出身のディミトリー・バディアロフさん。
バディアロフさんは、ラ・プティット・バンドのシギスヴァルト・クイケンさんと共に試行錯誤の末、スパッラを復元させた研究者であり演奏家であり楽器製作者なのだそうです。
とても流暢な日本語で、休憩時間を使って、この楽器の解説をしてくださいました。

スパッラは、多少ピッチが不安定な箇所もありましたが、想像していたよりもシッカリとした響きを持っていて、少し乾いた感じの音色は、ほとんど残響のない小さな聖堂にピッタリ合っていました。

大切に伝えられたもの、再び蘇ったもの。
ステキな音楽空間を体験できた、とても楽しい夜でした。

   ◇  ◇  ◇

目白聖公会
東京都新宿区下落合3-19-4

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