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25 February 2008

プレルジョカージュ《受胎告知》@新国立劇場

Triple_bill2008年2月16日(土)
新国立劇場 小劇場


10日ほど前になりますが、プレルジョカージュの《受胎告知》を観に新国立劇場へ行ってきました。 
少し時間は経ってしまったけれど、この日、上演された三つの作品の中で一番強く心に刻みつけられ、今も鮮明に目に浮かんでくるのは、やっぱりプレルジョカージュの作品です。

プレルジョカージュさん本人も語っているとおり《受胎告知》を主題とした美術作品は、これまでに数え切れないほどつくられて来ました。しかし、舞踊芸術では見たことがありません。
そんな訳で、今回、流れてゆく時間と空間の中で身体によって表現された《受胎告知》に接する貴重な体験ができました。

Annunciazione真っ暗な舞台の一点にスポットライトが当たると、そこには白いシンプルな衣裳のマリアが一人座っています。
真っ赤な床、舞台半分を囲うように配されたL字型の箱。
そこに、現れた大天使ガブリエルの衣裳は青。

赤青白のみの世界は、聖母マリアの赤と青の衣裳、そしてマリアの純潔を象徴する白百合の花を私に連想させました。

抑制された無駄の無い動きによって表現されるマリアの驚きや戸惑い。
派手な跳躍や目を見張るような技巧はほとんどなかったけれど、静かな動きに秘められたメッセージが、こちらに迫ってくるダンスでした。

ヴィヴァルディの《マニフィカト》とステファン・ロイの《クリスタル・ミュージック》がコラージュされた音響は、街の喧噪が聞こえたりもして、聖と俗との境界を表現しているようにも思えました。
解りやすい主題のようでいて、なかなか難解な作品でした。


一方、この日、一緒に上演された平山素子&中川賢《Butterfly》は、スピード感にあふれ見栄えのする面白い表現でした。
でも、《受胎告知》の後では、単なる表面的なダンスとしてしか私には感じられませんでした。

野坂公夫《曲線(カーブ)した声》は、う〜む、2006年に創られた作品にしては、ちょっと古臭かった。(^^;;; 


蛇足ですが、《受胎告知》終演後、カーテンコールにも登場したプレルジョカージュさんが、私のすぐ近くの席で後半の舞台を鑑賞されてました。目立たないようにスッと席につき、熱心に見入ってらっしゃいました。
思ったよりも小柄で、シャイな感じの方でした。(^^)


  ◇  ◇  ◇
 
ダンスプラネットNo.26
《未来へ繋ぐトリプル・ビル》

 アンジュラン・プレルジョカージュ:受胎告知
 平山素子&中川賢:Butterfly
 野坂公夫:曲線(カーブ)した声

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21 February 2008

ハーディング&東フィル@サントリーホール

Harding2008年2月15日(金)
サントリーホール

指揮:ダニエル・ハーディング
東京フィルハーモニー管弦楽団

マーラー:交響曲第6番「悲劇的」

   ◇  ◇  ◇

もう先週のことになってしまいましたが、ハーディングの指揮でマーラーの6番を聴いてきました♪

6番はマーラーの交響曲の中でも、特に好きな作品なので、とても楽しみに出かけました。
ホールに入ると、舞台上にはところ狭しと詰め込まれた演奏者たちの椅子。
そしてずらりと並んだ打楽器。
あ! ハンマーもあるある。(^^)


ハーディングの指揮を初めて聴いたのは、1999年のエクス・アン・プロヴァンス音楽祭日本公演《ドン・ジョヴァンニ》だったのだけど、あの時の演奏と舞台は今でもハッキリ思い出すことができるくらい瑞々しく素晴らしかったなぁ。(^^)
あの時、少年のようだったハーディングも、もう30代になったはず。
しかし、まるでヤンチャ坊主のような指揮ぶりは変わってなく、小柄でか細いあの身体のどこからあんなパワーが出てくるのだろうと不思議に思えるほど。
時にオケがついていけないのじゃないかと心配になるくらい緩急メリハリの効いた良い意味で緊張感のある演奏でした。

そして、ハーディングが、ゆっくりと指揮棒を胸の前に手で包み込むようにして終わった最終楽章。
かなり長い間、音の無い時間が流れ、その後の割れんばかりの拍手、凄かった~

これまでに色んなオケで6番を聴いたけど、今回のハーディング&東フィルが、マイベストになりました♪

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20 February 2008

ゴッホとモネが見つかる

ゴッホとモネの作品が、盗難にあった時と同じ状態で見つかったそうです。やった!
無傷だったのね。良かった良かった。(^^)
もしかしたら、セザンヌとドガの2点も近くにあるかもしれない!


史上最高額の盗難絵画2点を発見 ゴッホとモネ
2008年02月20日01時01分 asahi.com

 スイス・チューリヒの美術館「ビュールレ・コレクション」で10日、ゴッホ、セザンヌ、ドガ、モネの大作計4点が盗まれた事件で、地元捜査当局は19日、ゴッホとモネの2点を発見した、と発表した。この事件は被害総額が1億8千万スイスフラン(約175億円)と推計され、世界の美術品盗難史上で最大規模の被害といわれていた。

 現地からの報道によると、見つかったのはモネ「ベトゥイユ近辺のひなげし」とゴッホ「花咲くマロニエの枝」。18日、チューリヒ市内の精神科病院の駐車場に放置されていた車の後部座席にあったという。残るドガ「ルピック伯爵と娘たち」、セザンヌ「赤いチョッキの少年」は不明。

 4点は、同館内に押し入った覆面の男3人に奪われていた。

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12 February 2008

スイスで絵画盗まれる!

175億円相当の絵画盗まれる=セザンヌ、ゴッホなど4点-スイス

Paul_cezannes_boy_in_a_red_waistcoa 【ジュネーブ11日時事】スイスのチューリヒ州警察は11日、チューリヒ市内の美術館「ビュールレ・コレクション」で10日午後に、セザンヌやゴッホなどの絵画が盗まれる事件が起きたと発表した。被害額は推定で約1億8000万スイスフラン(約175億円)に上るという。
 盗まれたのはセザンヌの「赤いベストを着た少年」とゴッホ、モネ、ドガの計4作品。
(2月12日0時0分配信 時事通信)

Vincent_van_goghs_blossoming_chestn今朝、目覚めて一番のラジオ・ニュースを聴いて驚きました。

これは大変だぁ!
ああん、でも、この記事じゃ詳しいことが全然わからない。
他の3点の作品は何だろう?
やっぱり海外のサイトじゃないとダメかな?

という訳で、ちょっと出張してきました。
盗まれたのは、この4点だそうです。

Claude_monets_poppy_field_at_vetheuPaul Cezanne
"Boy in a Red Waistcoat"
Vincent Van Gogh
"Blossoming Chestnut Branches"
Claude Monet
"Poppy Field at Vetheuil"
Edgar Degas
"Ludovic Lepic and His Daughter"

Edgar_degas_ludovic_lepic_and_his_dビュールレ・コレクションは、印象派、後期印象派の重要な作品を所蔵していることで知られていて、今回、盗まれた作品はコレクションの中で最も貴重なものだったそうです。

あ~本当に、さすが良い作品ばかりですね。
兎にも角にも、作品が無傷で戻ってきますように。

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10 February 2008

ジョナサン・ハー『消えたカラヴァッジョ』

Harrジョナサン・ハー(田中 靖/訳)『消えたカラヴァッジョ』(2007年、岩波書店)を読み終えました。
長いこと、その行方が解らなくなっていたカラヴァッジョの《キリストの捕縛》が、1990年アイルランドのダブリンにあるイエズス会の宿舎で発見されるまでが綴られた、とっても面白い一冊でした。

美術史を専攻している二人のイタリア人女学生フランチェスカとラウラが人脈を駆使して名門貴族マッテイ家の古文書庫に入り込みカラヴァッジョの作品に関する重要な記述を見つけだしたり、ダブリンのナショナル・ギャラリーのイタリア人絵画修復士ベネデッティが、ある日、偶然に見つけだしたカラヴァッジョらしき作品を間違いなく真筆だと確信するまでのいきさつなど、ミステリーを読んでいるかのようなワクワク・ドキドキ感に溢れていて、途中ノンフィクションであることを忘れてしまいそうでした。

Cattura_di_cristo本の登場人物は全て実名で『イタリア絵画史』など著書で有名なロベルト・ロンギをはじめ、2001年に東京都庭園美術館で開かれた「カラヴァッジョ展」のカタログに執筆している研究者の名前も複数出てきて、思わず私も興奮してしまいました。(^^;;;

そんなにボリュームのある本ではないのですが、美術史家の研究の進め方や、修復士による絵画修復の具体的な方法が解るばかりでなく、カラヴァッジョの生涯や人物像も簡潔に記述されていて、ベッドのシーツに絵を描いたり、描きかけのカンヴァスを裏返してその上で食事をとったなんて言うエピソードまでありました。

そうそう!私も実行したのですが、傍らにカラヴァッジョの画集、そしてローマの地図を用意して読めば、更に楽しさ倍増です♪(^^)

【画像】
カラヴァッジョ《キリストの捕縛》
1602年 油彩・カンヴァス 133.5×169.5cm
ナショナル・ギャラリー・オブ・アイルランド(ダブリン)

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07 February 2008

右脳派?左脳派?

『ラヴェル』を読んだからと言うわけではないのだけど、脳の働きに関係する面白いテストを見つけました。
世間では、暫らく前から話題になっていたようですが、なにせ私、そういうものに疎いので・・・(^^;;;

オーストラリアの新聞のサイトです。
頭の中を、まっさらにして見てくださいね♪

Right Brain v Left Brain

さて、結果はいかがでしたか?
どちらの方向に回転してましたか?

右回りに見える人は右脳派、左回りに見える人は左脳派なのだそうです。

何度か繰り返し見ていると、両方見ることのできる人もあれば、その時のコンディションによって違った方向に見える場合もあるとか。

私は、もう言うまでもなく ・・・派です!(^^;;;

反対周りをイメージしてからチャレンジしたり、足の部分だけ見たり、頭の部分だけ見たりと色々と試してみましたが、どんなに頑張ってもダメでした。
相当なガンコちゃんなのかな?(^^;;;

他にも、両手の指を互い違いにして手を組む時、左右どちらの親指が上になるかでチェックする方法や、腕組みをした時に左右どちらの腕が上になるかでチェックする方法もありましたよね。(^^;;;
ちなみに、上になるのが左の親指、腕だったら右脳派、その逆が左脳派なのだとか。

右脳は、空間・感性的でイメージ脳とも呼ばれ、イメージ、図形、音楽、表情を読み取る、視覚的情報の総合把握・直感的思考やなどをつかさどっていて、身体左半分の運動や知覚を支配。
一方、左脳は、優位半球または言語脳と呼ばれ、言語、会話、概念、計算、声や音の認知、論理的思考などをつかさどり、身体右半分の運動や知覚を支配しているのだそうです。
そして、右脳と左脳は脳梁で神経連結していて、ほぼ同時に機能はしているのだそうです。

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04 February 2008

「異才伝」須賀敦子 その4

「異才伝」 I remember 須賀敦子 その4
「朝日新聞(夕刊)」2007年1月26日(金)より転載

■活動の場、10年ごとに変える  松山 巌

 須賀さんの文学活動をどうとらえるか。僕も含め、たぶん多くの人は61歳のデビュー作「ミラノ 霧の風景」以降しか知らない。でも、彼女の作家性の起点はそのはるか以前にあった。遺作を編み年譜をつくる中で実感したのはそのことです。

   ◇  ◇  ◇

 会えば酒を飲み冗談をいいあう友人ではあったけれど、とうとうと自分を語る人じゃなかったから須賀敦子という人がどういう人生を生きてきたかってことは僕にとっても謎だった。
 勘なんだけど、彼女はほぼ10年ごとに自分の位置を変えている。ひめゆり部隊は同世代だといっていた。戦後いち早く読んだヨーロッパの抵抗文学への関心が引き金になったのか、渡仏してカトリック左派と呼ばれる信仰者の存在を知る。30代を過ごしたイタリアでは、元パルチザンや労働歌を歌い教会に忌避されるような神父と出会う。ミッションスクールで育った彼女にとっては異端者だったろう。でも彼らにとけ込んでいく。
 何げない言葉に、えっ?と思うことがよくあった。イタリア戦後文学の潮流をつくった文学史上の作家との交流をさらっと話す。谷崎、鏡花、石川淳なんかが大好きで、ものすごく詳しかった。ミラノ時代、彼女はイタリア語訳の近現代日本文学選集を出しているのです。

   ◇  ◇  ◇

 クズ屋だったの、なんていうことがあった。また、えっ?と思う。帰国後の一時期、須賀さんは廃品回収の収益を慈善にあてるエマウス運動に没頭した。やがて大学の教壇にたちギンズブルグなどを訳して翻訳家として世に出る。そしてイタリアの日々の記憶をエッセーに紡ぎ始めるのだけれど、日本人が喪失した友情とか謙譲ということに思いを誘うあの一連の作品は彼女の現代批判だったと思う。
 60代で書く人としてのポジションを固めた彼女は、次の段階を準備していた。あるフランス人修道女を主人公にした小説の未定稿を残してます。自身の半生を重ねながら"信仰に生きるとはどういうことか"という彼女の背骨であったはずの問いを託そうとしたのだと思う。仮題がありました--。「アルザスの曲がりくねった道」(談)


松山 巌(まつやま いわお)
45年、東京生まれ。東京芸大卒。評論家、作家。『闇のなかの石』『群衆』『世紀末の一年』など著書多数。「須賀敦子全集」(河出書房新社、全8巻)」編集委員。


「異才伝」須賀敦子 その1
「異才伝」須賀敦子 その2
「異才伝」須賀敦子 その3

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03 February 2008

「異才伝」須賀敦子 その3

「異才伝」 I remember 須賀敦子 その3
「朝日新聞(夕刊)」2007年1月19日(金)より転載

■あどけなさ見せたミラノの日々  山縣 壽夫

 69年夏、ローマ。初対面でうち解けて、以来僕らはのべつといっていいほど始終、行動を共にすることになる。同じミラノの至近距離に住むご近所だった。来ない? 食事しない?
 誘い合って、昨日も今日も会って話をした。
 まだ足りなくて次の日も。何をそんなにしゃべったものか・・・・・。不思議に内容を覚えていないのです。なんとなしの会話。それが愉しくてつきなかった。

   ◇  ◇  ◇

 我々は貧乏彫刻家であり、画家であり、須賀さんはご主人に先立たれて日本文学をイタリア語訳する仕事をしながらつつましく自活していた。お互いお金はなかった。そのかわり時間だけは、ふんだんにあった。
 あどけないところをもち続けた人だったと思う。うちに、自作の鉄板をはめこんだお好み焼きが出来る食卓があったのだが、須賀さんは、だいじょうぶ? なんていいながら、その下にもぐりこんで据え付けコンロを点検する。興味津々のこどもみたいだった。
 いたずらもした。知り合いの紹介で一面識もない日本人をミラノの空港に出迎えることになったとき、須賀さんが、一芝居うとう、という。僕にふられた役はミラノ縞なんて、ありもしない模様の研究家で彼女はマネージャー役。真に受けた客人相手に僕は立ち往生したけれど、彼女は堂々と演じてましたね。
 川遊びにいって須賀さんが水に落ちたことがあった。ぬれたズボンを、車のトランクのふたにかけて乾かしたんだけれど帰るだんになって忘れて発進。後ろからクラクションが鳴る。振り返ると須賀さんの須賀さんのズボンが幟旗みたいに風に踊っていた。

  ◇  ◇  ◇

 71年に須賀さんは帰国した。ミラノが創造の現場だ、と心に決めた僕らにも異邦人の思いはつきまとった。根無し草になる不安を抱えていた。あのとき須賀さんも、やはり自分の根っこは日本だと決断したのか、どうか。深く問うことなく僕らは別れたけれど、ああ帰ってしまうんだ、と。すごく寂しかった。
 日本でも前みたいに話そうよ、といってたんです。でも、なぜだろう、予定があわない。不自由だった。あんなにいっぱいあった若かった日の"時間"を、僕らは失った。(談)


山縣 壽夫(やまがた ひさお)
32年、奈良県生まれ。彫刻家。元武蔵野美大教授。「横たわる三角」(平櫛田中賞)など作品多数。62〜76年、妻の画家・塩川慧子さんとともにイタリアで活動。


「異才伝」須賀敦子 その1
「異才伝」須賀敦子 その2
「異才伝」須賀敦子 その4

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02 February 2008

ジャン・エシュノーズ『ラヴェル』

Ravelジャン・エシュノーズ(関口 涼子/訳)『ラヴェル』(2007年、みすず書房)を読みました。

エシュノーズの『ラヴェル』は、ラヴェル晩年の約10年間を描いた小説です。
いわゆる評伝ではありませんでした。

訳者の関口さんの力によるところも大きいのでしょうが、心地よいリズムを感じられる文体には独特の魅力があり、本を開くと音楽を聴いているかのように小説の舞台の中に引き込まれてゆきました。

ラヴェルの住まいや服装もステキに描写され、お洒落でダンディだったラヴェルの姿がイキイキと伝わってきました。今まで私の中にあったラヴェル像とはちょっと違う面もあったけれど逆に親しみがわきました。

最晩年は脳の病気に苦しみ最期をむかえたラヴェル。
彼の色彩豊かな音楽は、彼の脳に秘められた特別な仕組みゆえに生まれたと、昔、読んだ本で知ったのだけど・・・
その病気と闘うラヴェルの姿には、やっぱり涙が出ました。

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12、1月おぼえがき

◆本
宮下 規久朗『イタリア・バロック — 美術と建築』 2006年、山川出版社
八木谷 涼子(編集) 『日本の教会をたずねて 2』 (別冊太陽 日本のこころ)2004年、平凡社
奥村 直彦『ヴォーリズ評伝 』2005年、港の人
岩原 侑『青い目の近江商人メレル・ヴォーリズ』1997年、文芸社
ジャン・エシュノーズ(関口 涼子/訳)『ラヴェル』2007年、みすず書房
橋爪 紳也『モダニズムのニッポン』2006年、角川学芸出版
橋爪 紳也『モダン都市の誕生 — 大阪の街・東京の街』2003年、吉川弘文館
石田 種生『随想 — バレエに食われる日本人』2007年、文園社

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