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20 January 2008

「異才伝」須賀敦子 その1

昨年1月、須賀敦子さんに縁ある方々によって「朝日新聞」に4回にわたって掲載されたコラムを、つい最近やっと手に入れ読むことができたので、ここにも記録します。


「異才伝」 I remember 須賀敦子 その1
「朝日新聞(夕刊)」2007年1月5日(金)より転載

■国家対立下の人間凝視に共感  重延 浩

 "イタリア"で番組を作らないかと打診された時、僕は迷わず作家須賀敦子の心象風景としてのイタリアを撮りたい、と答えた。しかも1年ごとに一作ずつ3回のべ6時間ぐらいの作品にしたい。そんなわがままな企画が通ったのです。

  ◇  ◇  ◇

 美術を中心にイタリアはずっと仕事の柱となってきた。須賀さんが書かれた「トリエステの坂道」「コルシア書店の仲間たち」も、参考書として何年も前から手元にあった。でも実はちゃんと読んでいなかった。紀行ものだと思いこみ、歴史や美術書の後になっていたのです。
 それが04年かな、ゲーテのイタリア紀行を辿る番組を作っていたころ、たまたま「ミラノ霧の風景」を開いて、あれ!と思った。これは紀行じゃない、不思議な心象風景だ、と。
 やがて、ディレクター的にいえば須賀さんのドラマツルギーが見えてきた。一見、断章をつないだ感だが、それこそが彼女の術。テーマの部分を、ほの見せておいて通読した時、全体が見渡せる仕掛けにはまった。
 須賀さんはお嬢様育ちなんだけど、50年代にパリ、ローマに留学し、カトリック左派の人々が集い、社会・文化運動の場となったミラノ・コルシア書店へ参画した。イタリア人男性との結婚、死別といい、帰国した後、大学で教え、60歳を超えてから作品を次々と発表した人生といい、自分で道を切り開いて存分に生きたひとです。

  ◇  ◇  ◇

 私は樺太からの引き揚げ者で、戦争を見たたぶん最後の世代。一連の作品を通じて国家間の歴史的ないさかいや分断の中での人間を凝視する須賀さんの目に共感した。好奇心のかたまりのようなあのひとを勝手に自分と重ねた。面識はありません。でも今回の取材で、コルシア書店やユダヤ人ゲットー、娼婦のための病院、教会、運河の水音、風の気配・・・・、彼女が描いた場所に身を置き須賀さんと交信できたと感じてます。
 とにかく3年かけて僕は須賀さんが最後に行きたかったところにいきたい。「イタリアへ」が番組タイトルだが、フランスのアルザスが、その場所では?という予感もある。あの人はひとをぐいぐいと引っ張っていく。悪い人ですね。(談)


重延 浩(しげのぶ ゆたか)
41年、旧樺太生まれ。番組制作会社「テレビマンユニオン」会長。ドキュメンタリーを数多く手がけ、昨年からシリーズ「イタリアへ 須賀敦子 静かなる魂の旅」(BS朝日)を制作。


「異才伝」須賀敦子 その2
「異才伝」須賀敦子 その3
「異才伝」須賀敦子 その4

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