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23 March 2006

ヴェルディ《運命の力》@新国立劇場

la_forza2006年3月21日(火)
新国立劇場 オペラ劇場

先日、ヴェルディ《運命の力》を観てきました。

《運命の力》を観るのは、2000年に相次いで来日したムーティ&ミラノ・スカラゲルギエフ&マリインスキーで盛り上がって以来とても久しぶり。ということで、結構、楽しみに出かけたのですが・・・

あれれ?《運命の力》って、こんな薄っぺらな音楽だったっけ?
これがヴェルディ?は?ふ?
という訳で、私的には不完全燃焼に終わったのでありました。

さて、音楽面は置いておくことにして、今回の演出家は、物語の舞台と同じスペイン出身のエミリオ・サージさん。
18世紀のスペイン・セビリアを舞台に起こったお話を、1930年代終りのスペイン市民戦争時に移した演出となっていました。

第一幕が始まると、舞台の奥に物語の進行を眺める人々が配されていたり、シンプルでモダンなデザインの装置をセリで上下させたりと、なかなか斬新で「むむむ、これはイケルかも!」と、かなり期待は高まったのですが・・・ 幕が進むにつれだんだんと平凡で小粒な感じになってゆき、その後は特になにも起こらなかったのが、ちょっと残念なところでした。

でも、視覚的には総じて美しい舞台でした。

私は、聖堂を現す紗幕に描かれた絵を見ながら 「これってマニエリズモ? バロック?」
「この人、聖母マリアかな? じゃ、幼子イエスはどこどこ?」
「エマオの晩餐? いや、最後の晩餐? う~ん、こんな晩餐、初めて見たぞ。」
「そういえば、スペイン絵画ってしばらく見てないなぁ。あ、そうそうプラド美術館展がもうすぐ始まるなぁ。」

と言った具合に、オペラに関係ない勝手なことばかり考えて楽しんでいました。
要するに音楽を真面目に聴いてなかったってことか?!

   ◇  ◇  ◇

ヴェルディ《運命の力》

指揮:井上道義
演出:エミリオ・サージ

レオノーラ:アンナ・シャファジンスカヤ
ドン・アルヴァーロ:ロバート・ディーン・スミス
ドン・カルロ:クリストファー・ロバートソン
プレツィオジッラ:坂本 朱
グァルディアーノ神父:ユルキ・コルホーネン
フラ・メリトーネ:晴 雅彦 
カラトラーヴァ侯爵:妻屋秀和

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団

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22 March 2006

須賀敦子「ヒヤシンスの記憶」

Hyacinthus今年もヒヤシンスが咲き始めました。

ヒヤシンスの甘く透きとおった香りが、私は好きです。
摘んできてコップに挿すと、ふわ~っと部屋中が春になります。

そして、その香りをかぐと思い出すのが、須賀敦子さんの『トリエステの坂道』に収録されているエッセイ「ヒヤシンスの記憶」の中のヴィルジリオ・ジョッティ(1885-1957)の詩 《ヒヤシンス》。

白と薄むらさきの二本の
ヒヤシンス、さっき
ぼくにくれながら、ちょっと
笑ってた、きみに似ている。
蒼い顔して、白い歯をみせ、
しっかりとぼくにさしだしながら。
いま、コップのなかで蒼ざめて咲く
花たち、色あせた壁を背に、
窓からはいって、すりへった石の上を
よこぎっていく日のひかりのとなりで。
すべてのなかで燦めいているのはあの
蒼ざめた薄むらさきだけ。夜あけが
残した、ひとつの炎。
よい匂いが、家にあふれる。
まるで、ぼくたちの愛のようで、
それ自身は、ほんとうになんでもなく、
ただ蒼いという、それだけだが。燦めく蒼さで、
燃える蒼さで、希望とおなじ、いい匂いで。
ふと、気づくと、胸いっぱいにひろがる、
その匂い。ぼくの家が、きみの家で、
きみとぼくとが、テーブルに
クロスをいっしょにひろげ、
ぼくたちが準備しているのを
ちっちゃな足で、背のびして
のぞく、だれかさんが、いて。
(須賀敦子訳)

私のイタリア語力では、その違いが全く解らないのだけれど、イタリアには、とても沢山の方言や訛りがあるそうで、トリエステ生まれのジョッティは、この詩をトリエステの言葉を使い、もの静かな口調で書いているのだそうです。

確かに、この詩からは愛の喜びや幸せが沢山あふれ出ているのだけれど、どことなく控えめで、ちょっとくぐもったような雰囲気や、まだそんなに強くはない春の柔らかな朝の光や、ペールトーンの部屋の色や匂いが感じられるのです。
そして、なぜだかホッと落ち着けるのは、きっと須賀さんがジョッティの言葉を見事に日本語に置き換えてくださっているからなのでしょうね。

ところで、前述のとおり、イタリアには数多くの方言があるそうですが、それらは、それぞれの都市の歴史と文化の伝統が洗練を重ねてきた過程で、それぞれの「国語」に近い感覚を持つようになって行ったのだそうです。
イタリアの都市って、街並みばかりでなく、言葉もちゃんと大切に守っているのですね。

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