ザルツブルク音楽祭2005 ヴェルディ《椿姫》
先日、2005年ザツルブルク音楽祭で上演されたヴェルディ《椿姫》を、NHKのBS-hiで観ました。
とにかく、すごくよかった~
とてもシンプルだけど美しい舞台に、もう釘付け!
それはきっと、歌手もオケも演出も、全て完璧と言って良いくらい高いレヴェルのプロダクションだったからなのでしょう。
大きな弧を描いた舞台は、無駄なものを一切省いた何もない空間。その壁に、ただ一つ立てかけられた巨大な丸い文字盤の時計に、否が応でも目がいきます。
そして、その時計の前には老人が一人座っていました。
私は、この老人は、若さと美しさを奪い、最後には死へと導く「時の翁」(Father Time,時の擬人化)なのではないか?
そして、ことあるごとにヴィオレッタの傍にいる彼は、もしかして、この舞台を支配するキーパーソンなのではないか?
と、舞台の進行と共に、とても気になる存在になっていました。
指揮者がオケ・ピットに入り前奏曲が始まると、真っ赤なミニドレスに身を包んだヴィオレッタが大きな扉をこじ開け老人の座る部屋に入ってきます。
そして、この老人から、一夜で色褪せてしまうという白い椿の花を一輪手渡されオペラは幕を開けるのです。
実は、このオペラ、始まるやいなや合唱が「招待の時刻は、もう過ぎてしまった・・・」と歌い、それに対してヴィオレッタが「残った夜の時間を、楽しみに費やしましょう。」と歌ったり、第2幕で、パパ・ジェルモンがヴィオレッタに向かって「男は移り気だから、時があなたの魅力を失わせ、すぐに飽きが来たら・・・」と歌ったりと、気をつけて聞いていると、幾つも時間に関する台詞が出てくるのです。
ぐるぐるとスピードを上げて回る時計の針を止めようとするヴィオレッタの姿もありました。
遠くから見つめる老人に向かって、シャンパンのグラスを投げつけるヴィオレッタもいました。
そして物語はすすみ、第3幕、ヴィオレッタの病室に、またあの老人が現れます。(というより、2幕の終わりからずっと居たのです。コワイ!)
そうなんです! ヴィオレッタの影にいつも寄り添っていた時の翁は、グランヴィル医師だったのです。
そして極めつけがグランヴィルがアンニーナに小声で「時間の問題です。」と、ヴィオレッタの病状を伝える言葉です。
私も、今まで数多くの椿姫を見てきたけれど、今回ほどメメント・モリを強く感じずにはいられない演出は、ありませんでした。
賛否両論あるでしょうが、私はこういう演出が好きです!
歌手で特筆すべきは、やっぱりヴィオレッタを歌ったアンナ・ネトレプコの活躍。
彼女なくして、この舞台の成功はなかっただろうし、彼女のために作られたプロダクションと言っても過言ではないと思いました。
特に、天真爛漫な彼女の素のキャラクターをそのまま活かしたような第2幕第1場の演出は「ちょっと元気よすぎやしない?」と思わなくもなかったけれど、これまでの高級娼婦ヴィオレッタのイメージをガラリと変えることができたのも、ネトレプコだったからこそでしょう。
美貌、声、歌唱力、演技力と、恐ろしいほど沢山の才能を持ち合わせた、とにかく凄いソプラノです。
それから、トマス・ハンプソンも、今まで見たことのないパパ・ジェルモンを熱演してました。
本気で息子と殴りあいしちゃいそうな若いパパって感じが新鮮で面白かったです。
そして、大抵、期待していて裏切られるのがアルフレード役なのですが、今回の ロランド・ビリャソンは違いました。
歌も声も安定しているのに、とても若々しく、久しぶりに良いアルフレードに出会えたなぁと嬉しくなりました。
何はともあれ、素晴らしい《椿姫》でした。
一度でも真剣に恋をしたことのある女性なら、涙なしには見られない舞台だと思います。
◇ ◇ ◇
2005年8月7日 ザルツブルク祝祭大劇場
ヴェルディ《椿姫》
指揮:カルロ・リッツィ
美術:ウォルフガング・グスマン
演出:ウィリー・デッカー
ヴィオレッタ:アンナ・ネトレプコ
アルフレード:ロランド・ビリャソン
ジョルジョ・ジェルモン:トマス・ハンプソン
グランヴィル医師:ルイージ・ローニ
合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団